人はなぜいつまでも、
悩みから抜け出せないかと言うと、
自分の思と考えが見えないからかもしれない。
心の渇きの正体がわかるだけで、その不満状態から抜け出せる。
まずはニュートラルな目で、自分の思いと考えの因果関係を見つめてみよう。
自分を認めてほしい、
愛して欲しい、
評価してほしい、
などの《ほしい》欲求を持っていると、
周りは期待に応えてくれない人間ばかりなので不満を感じるものだ。
つまり、周りの細かいところまで目について不満を感じてしまうと言うのは、もっと自分を認めて《ほしい》と言う承認欲求から来ているかも知れませんね。
まず私には満たされていない承認欲求《ほしい》があるのだと『知る』ことからはじまる。
頭の中の思いを分類し『知る』ことを始めると
その一:貪欲
求めすぎや期待しすぎの時は貪欲さに反応します。
一番出やすい人間関係における不満は大体が求めすぎる心から来ています。
その二:生存
疲れがたまりイライラしたり機嫌が悪かったりすると怒りとなり生存欲に反応します。
その三:妄想
過去や未来を想像したり思い出したりしている時妄想へと反応しし、つい余計なことを考えてしまったり落ち着いて物事に取り組めないと言う状態が妄想に分類される。
この妄想が1番厄介もので、
1日中絶え間なく人間は妄想をして自分を維持している。
妄想をリセットするには、
「今妄想している」と主観として知ることことだ。
そして妄想反応が止まらないときにはその妄想を『見ること」だ。
反応の構造は、
起こったこと、それを見て心は《どうしょう》からはじまる。
だが起こったことの反応《どうしよう》から逃げずにそれを『見て』、向きあってみてください。しばらく『見ている』と、とても引き込まれ均衡化され理解される。心は求め続けるものを理解すると不思議な心境の変化が訪れる空間が生まれる。
ただ『見ること』だけで、
価値判断せず
分析せず
変わるための努力はもぜず
『見ること』で
場の均衡化がなされ喜びに変わってしまうもの。
そして『自分をどうしょうという気持ち』が自然と落ちてしまい、これが私の《真実だ》と知り、歓喜がやってきて、葛藤などない本来の姿に導かれることとなる。